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言ノ葉 my world's my words

季節の移り変わりを、人の心の移り変わりを、全ての変化を受け入れよう。

About me

Neque porro quisquam est qui dolorem ipsum quia dolor sit amet, consectetur, adipisci velit 同様に、悲しみそのものを、それが悲しみであるという理由で愛する者や、それゆえ得ようとする者は、どこにもいない。

ある日のできごと 2nd Episode 消えたおじさん 

Posted by 八月の紫陽花 on   0 comments   0 trackback


紙芝居のおじさんの紙芝居が終わった。



小さな私は好奇心が旺盛な女の子で、

ある日

「次の紙芝居はないの?」

と聞いた。

すると、おじさんは、あたふたする。

おじさんはいつも、一つしか紙芝居を持たない。


「それなら私が紙芝居をやりたい。」

私は紙芝居の後ろに回り、紙芝居を始めた。


すると紙芝居のおじさんは最初は喜んだが、だんだん私に紙芝居を任せ、どこかに行ってしまうようになった。

いつの間にか、成長した私は、自分で紙芝居を作り、上映するようになった。
いつの間にか、紙芝居のおじさんは、ただのおじさんになり、ついには紙芝居をやめてしまった。


おじさんは言った。

「昔は紙芝居が楽しかった。でも、もう紙芝居をする意味が、分からなくなったんだ。」

と。


そしておじさんはこの街を去った。


紙芝居のおじさんは、全然面白い人なんかじゃなかった。
紙芝居は面白かったけど、おじさんは面白い人なんかじゃなかったんだ。


私はおじさんに新しい紙芝居を始めてほしくて、紙芝居を始めたのに。

私はもっとおじさんの作る紙芝居が見たかったのに。

おじさんは紙芝居をやめて、違うことをするんだって。





私はなんだかさびしくなって、いっぱいいっぱい涙を流した。



でもやっぱり、戻ってこなかったんだ。


「君ならきっと、もっといい紙芝居が作れるよ」


とだけ言い残して、


紙芝居のおじさんは、どこかに消えてしまった。


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ある日のできごと 1st Episode 紙芝居のおじさん 

Posted by 八月の紫陽花 on   0 comments   0 trackback


紙芝居を持ったおじさんが、ある日私の街にやってきた。

紙芝居のおじさんは、なんだかとても面白そうな人だった。

私は初めて見る紙芝居に興味深々で、おじさんに言った。

「その紙芝居を始めてください」

と。



おじさんはずっとそこで、新しい紙芝居の用意をしていた。


後から知ったのは、私が紙芝居に興味があるのか、ないのか、実はずっと探っていたらしいということだ。



それは少し前のこと。


前の町でおじさんは、大切にしていた紙芝居とお客さんを無くしてしまった。

ずっと来ていたお客さんのその子は、ぽつんと姿を現さなくなった。

おじさんは、ずっとその紙芝居を続けていた。
その子を待ち続けて、紙芝居を続けていた。

でもその子はついに、来なくなってしまった。

紙芝居のおじさんは、悲しくなって一粒の涙を流した。

そしておじさんは、その紙芝居を置いて新しい土地に移った。


そこで見つけたのは小さな私だ。

そうとは知らず、無邪気に私は言った。

「面白そうだから、紙芝居を始めてください」

と。

紙芝居のおじさんはおどろいて、その後にこっと優しく笑った。

あの時涙を流して以来、初めて笑った。

また新しい紙芝居が始まる。おじさんが作った新しい紙芝居だ。



目を輝かせて紙芝居の前に座る小さな私。

笑顔で楽しそうに紙芝居の後ろに立つおじさん。


新しいお話の、はじまりはじまり。

大きな大きな流れの中で

Posted by 八月の紫陽花 on   0 comments   0 trackback



私達は誰一人でも欠けていたら

この世に存在しない




お母さんのお母さんのそのまたお母さんが

お父さんのお父さんのそのまたお父さんが



生きていなければ、

誰かを愛さなければ、




この世に私と言う人間は存在しないのだ





私と言う人間は


どういう訳だか




生かされているのだ



大きな大きな流れの中で、

大きな大きな何かの力に突き動かされて、



私はここに存在しているのだ



生きている意味なんて







それだけで十分なのだ








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金曜日、教授のオフィスアワーでこんな話をしました。なんでこんな話になったのか、今となっては思い出せませんが、生きると言うことを真剣に考えている教授の姿に、心惹かれました。きらきらした目で語る教授に私は胸が躍りました。

そうだ、私と言う人間は出来が悪いかもしれない。でも、今ここに存在していることは運命であり奇跡でもある。そしてこんな話を教授とできたのも、何か大きな流れの中で辿り着いた奇跡である。

日常に起きる小さな奇跡の一つ一つを、大切に、生きてゆきたい。今私が「生きている」という事実を真摯に受け止めたい。

そんな気持ちを忘れないように、ここに書きとどめておきます。